Vin sans chimie de Domaine Sogga      Vigne sans chimie de Domaine Sogga

 

○サン シミとは( Sans chimieフランス語)

Making wine and grapes without chemicals. sans(サン)は英語でwithout。chimie(シミ)は英語でchemical。すなわち「ワイン畑で化学的な農薬、肥料を一切使わない」という意味を込めています。有機栽培または無化学農薬栽培のこと。

★Vin sans chimieは栽培と醸造において化学的な物を使わないワインという意。有機栽培(無化学農薬栽培)をしながら醸造では砂糖、酸類、市販培養酵母、酵母栄養剤、澱下げ剤、濾過助剤など一切使用しないでワイン造ります。

★Vigne sans chimieは栽培において一切化学的な物を使わない葡萄という意味です。有機栽培(無化学農薬栽培)をするため、残留性農薬ゼロの葡萄からワインを作ります。

 

2013年8月   「ビオ」「ナチュレル」「自然派」の字がラベルから消えている訳  
いままで「ヴァン ナチュレル」「ヴァン ビオロジック」と冠していたワインが2013年8月発売のワインのラベルから「サンシミ」に事前通告なしで替えてしまいました。
自然派食品、自然派ワインという言葉が安易に使われるようになってしまった現在の日本。ぎりぎりまで神経をすり減らし、心を痛めながら虫を捕殺し、酷暑に倒れながら疫病から葡萄を守る我々のJAS有機または無化学農薬栽培を冒涜しているかのような「安易な自然派ワイン」に辟易した我々はラベルに「ヴァン ナチュレル」「ビオ」「自然派」を冠することがとても陳腐に覚え、辞めることにしました。
「味が自然派っぽいから自然派ワイン」「亜硫酸を使わないから自然派ワイン」「化学農薬を1回しか使っていないから自然派ワイン」「自然派っぽい格好の良い人が造っているから自然派ワイン」などのワインを世間が「自然派」として今後も受け入れられ続けるなら私達は邪魔者であるはずでこのワインの世界から去るべきなのでしょう。サンシミのワインだからすごいとか、サンシミのワインしかワインじゃないと言いたいのではありません。我々が守りたいのは名誉ではなく、農夫としての尊厳によるアイデンティティです。

※無化学農薬栽培は「有機栽培」と同じですが私達はJAS有機栽培認証を取得した畑のみ「有機栽培」と呼び、それ以外の有機栽培畑を無化学農薬栽培畑と区別して呼んでいます。


★有機栽培と無化学農薬栽培の実際

○使用した散布剤 1)硫黄ー石灰 合剤 2)ボルドー液(硫酸銅ー石灰 合剤)(この二つの薬は100年以上も昔から使われていた単純な構造のもの。葡萄の体内に浸透性能が無いため、雨風が吹くと流されて効果がなくなる。硫黄、銅、石灰は地球上に存在する物質であることと、残留性が無いため安心な薬として、有機農法やビオディナミなどに使用することを許されています)

○使わない散布剤  1)除草剤2)殺虫剤3)現代殺菌剤 (3種の散布剤(除草剤、殺虫剤、現代殺菌剤)とも有機化学合成農薬。主に浸透性能に優れ、葡萄の体に入り効果を表す農薬。残留性があります。そのため、有機栽培では使用を許されていません)


★私達の考える有機栽培の概念  ハーバーボッシュから紐解く

20世紀に入ってからハーバー&ボッシュが大気中に大量に存在する窒素をアンモニアにする技術が開発されると、農業は飛躍的に進歩
しました。19世紀以前は人糞や家畜の堆肥が日本農業の唯一の窒素源であったわけですが、その窒素が化学的に採れ、それが化学肥料
となりました。
現在では有機肥料というと家畜の堆肥を指しますが、その家畜は化学肥料によって造られたトウモロコシや麦などを食べて大きくなり
糞をします。すなわち、現在の有機肥料は形こそ化学肥料ではないのですが、本来、地球上に存在するべき糞ではなかったのです。
19世紀以前の地球上の窒素は豆科植物にすむ根粒菌と呼ばれる微生物が唯一、大気中に窒素を土の中に固定し、肥料とさせていました。
また、根粒菌が窒素固定すると同じく、地球上では「脱窒」と呼ばれる作用、すなわち土から自然に大気中に窒素がもどる作業がおこな
われていて、大気中の窒素の地球の地表にある窒素のバランスは自然界で守られていました。
それが20世紀に完全に崩れ去ったのです。
極端な言い方をしますと「世界中の農地の大半は本来有るべきでない、窒素が沢山存在している」と言えます。私たちの畑を例にとり
ましょう。日本の農業が飛躍的に窒素系化学肥料を使うようになったのは戦後です。戦後まもなくは、世界大戦の傷跡癒えず、世界的な
食糧不足が続いたので、この化学肥料は私達人間にとってその時期は必要不可欠なモノであったはずです。ただ、現在もこれだけの化学
肥料が地球上に必要かと問われれば、必要とは言い難いものがあるのではないでしょうか。すなわち、私達は50年以上、不必要であった
かもしれない化学肥料を畑に撒きつづけたことにより、ワイン畑の土は本来有るべきでない大量の窒素が存在することになります。
人間のような理性が働かない植物は土中に栄養があれば摂取します。そうすることにより、葡萄の木はメタボリックになります。
メタボの葡萄の木は人間と同じように病気にもなりやすいですし、害虫にもおかされやすくなる訳です。そこで殺虫剤や殺菌剤を撒きます。
さらに、栄養が沢山あるのでたわわに実がなります。そうすることにより葡萄の色が不足するため着色促進剤を撒きます。農薬により病気
や虫もこなくなりさらに葡萄に色が着色するようになるとなると、また人間は多収穫をめざして、再度、本来地球上にあるはずのない肥料
(有機肥料も含む)を撒いてしまい、また農薬を撒くという連鎖をおこしているのかもしれません。
残念ながら、窒素過多になってしまった土壌を元にもどすことは容易ではありません。私達は無力です。土を元にもどすことができる
唯一の手段、それはそこに生える草木たちが時間をかけてゆっくり土の窒素(毒素?)を抜き取り浄化してくれるのです。私達が普段
邪魔者扱いする雑草たちがその役目をはたしてくれています。、瘴気(有毒ガス)が充満する「腐海」と呼ばれる菌類の森は実は、腐海
の土を浄化していた、、、映画のようですね。
ですので、私たちは、これからも有機肥料と化学肥料は撒かないつもりです。ただしすこしずつ本来の土に戻ったとき、そこで本来ある
べき有機肥料(海外の穀物を食べる家畜でなく草原に生えている草だけを食べてそだった家畜の肥料がベストです)を撒こうと思ってい
ます。
わたしたちもそんな滋味豊かなワインを造りたいとおもっています。


ビオディナミ(バイオダイナミック)と有機栽培、無化学農薬栽培

世界の自然派ワイン(vin naturel)には様々なモノがあります。ビオロジックは有機栽培、そしてビオディナミはルドルフシュタイナーの提唱した農法(生力学農法)。私たちが有機栽培を選んだ理由はまだ日本でのビオディナミ農法が確立されてなく、情報がヨーロッパから伝わるのみで、「月の動きや調合剤」のことで私は頭がいっぱいになり「葡萄と対話する」本質が見えなくなってしまうと感じたからです。しかしながら、ルドルフシュタイナーの述べていることは決して間違っているとは考えていません。かつて、古き良き日本で行われていた農法の一つであると考えます。シュタイナー教育が日本でも昔の親が普通に教育していたことと同じであるように。また「観察する」という理念はシュタイナー教育も同様ビオディナミや有機農法でも大変重要な言葉です。

私の考えるシュタイナー像があります。シュタイナーは私達農家のために、考えた農法がビオディナミなのでは。シュタイナーは農家の深い心理を読んだ農法と私は考えます。私達農家は真面目に葡萄の木達と向き合うとき、できるだけなにかを施してあげたいと考えます(生まれた子供にいろんなものを買ってあげたいと思う心境と同じです)。その気持ちが農薬散布や肥料散布につながっていきます。現在の私達の住む田舎は「肥料を撒かない農家はやる気のない農家」と思われます。同様、「農薬を撒かない農家はやる気の無い農家」とおもわれるのです。すなわち、葡萄が愛おしいからこそ、農薬を撒くという心境なのだとおもいます。私も現代的な農業者の気持ちはわからないわけではないです。葡萄たちをほったらかしていれば、私達は心配になります。なのでなにかお守り替わりとして、保険としてなにか散布したいのです。現代農業の農薬散布は 防除  という概念で撒かれます。すなわち予防という意味で散布します。病気が出る前、または虫がでる前に撒くわけです。この農家の心理を汲んで、シュタイナーはビオディナミ農法を考えたのではと私は考えます。農家は畑に散布したり撒きたいという気持ちをシュタイナーは理解していたのです。なので敢えて、501番などの調合材を撒くことを勧めているのではないでしょうか。私達農家は何かを撒くことで「救われ」ます。たとえ、それが実際効能がなくとも(効果はあると思いますが、無かったとしても)シュタイナーさんがこれを撒けば大丈夫といわれれば撒いて安心します「プラセボ効果」。肥料も沢山撒きたくなるのですが、敢えて牛の角に牛糞をいれると効果があることを農家に諭すと私達はそこに救いをもとめて角に牛糞を詰め込んで翌年撒きます。角に入る牛糞の量は限られています。私達人間は葡萄たちのためと思って肥料を沢山いれたくなる心理をシュタイナーは理解していたのです。沢山撒けは葡萄がメタボになってしまうかもしれないので、ほどほど撒くように教えてくれているのだと私は考えます。信じるものは救われる。私達の不安をシュタイナーは農薬ではなく、調合材でいやしてくれているのではないかと感じています。そんなことを考えれば改めてシュタイナーの偉大さを感じます。調合剤に頼らず、何かを施さないと不安でならないという気持ちを絶ち、自らの意志を強く持ち葡萄の木の観察を冷静にできるようなビオディナミ農法になるとそれは有機農法といえるのではないかとおもいます。